編集グループ〈SURE〉

SURE制作 映画「アイヌのユリ子さん」上映会レポート!

2010年07月19日 更新

問題作か? それとも……。 議論白熱!  

いったいどういう経緯で、私はここに生まれ育つことになったんだろう?

2010年7月19日、京都市内のイベント会場で開催した、SURE初制作の映画「アイヌのユリ子さん」(75分。監督・北沢街子)の上映会のもようをお伝えします。

映画「アイヌのユリ子さん」のあらすじ

 道東の阿寒湖にある、観光地のアイヌコタン(村)で、私(瀧口夕美)は育った。母、瀧口ユリ子は、1941年、北海道の十勝に生まれたアイヌで、父は同い年の満州生まれ、山梨育ちの日本人。両親は、アイヌコタンで出会って結婚し、そこで土産物店を営んできた。

 アイヌ語を話せないし、アイヌの習慣のなかで生活してきたわけではないが、母は自分の祖父・長濱清蔵の残したアイヌの物語の録音テープを大切に保管してきた。考えてみれば、なぜ私はここで生まれ育ったのか。母の生い立ちを聞いてみたいと思ったのは、私が清蔵のテープを聴いたときからだった──。

 2006年、編集グループSURE一行は、ユリ子さんとともに、その故郷、十勝川へとむかう。この映画は、そこでの話と旅を描いた、ずっこけを含むドキュメンタリーなロードムーヴィーです。

監督・北沢街子
出演
 瀧口ユリ子
 瀧口夕美
 黒川創
 北沢街子
 瀧口政満
 瀧口健吾
 長濱平夫
 長濱京子
 片桐秀一郎

 長濱清蔵
うた
 四宅ヤエ
上映時間75分

緊張の上映会

 イベント当日は、『ゲド戦記』の翻訳者としても知られる、児童文学者の清水眞砂子さんをお迎えして(津野海太郎さんは、急な事情でお越しになられませんでした)、映画をみた後に講演していただきました。

 主演の瀧口ユリ子(このレポートを書いている私、瀧口夕美の母)も、北海道から参加。たくさんのお客様を迎えて、緊張の上映会のはじまり。前座として、新作短編「はさみ漬けのつくりかた」(13分。監督・瀧口夕美)を上映。

 続いて、本編「アイヌのユリ子さん」を上映。東京での試写を経て、ぎりぎりまで再編集した監督以外は、この映画の新バージョンを、関係者一同も初めて観ることになりました。後で聞くと、ユリ子さんは、前夜、心配で眠れなかったとのこと。

 上映後、休憩をはさんで、講演者の清水眞砂子さんから、衝撃の発言が!

清水眞砂子さん 講演+トークイベント

 「私は、あのー、いま、猛烈に困っています」

 という第一声ではじまった、清水眞砂子さんの講演。「私は、こういう映画をほとんど観てきませんでした。ある意味ではできあがっている映画を観てきたということがわかりました。表現っていったいなんだろう。伝えるとはどういうことだろう」──これは、監督以下、SURE一同がどこかで予感していた展開でもありました。

 清水さんは、すごく上手なお芝居と、こっちがはらはらしてしまうような、あぶなっかしいお芝居と、どっちが面白いのだろう、というお話を、最初にされました。熟練したお芝居のよさもあるけれども、みんなで芝居の未熟さを応援して一緒につくっていくおもしろさもあるのではないか。

 そして、翻訳家でもある清水さんが、このところぶつかっておられる問題について。翻訳者は、原文を何度も読んで、どんな日本語にしたらいいのかと考え、ようやく文体が決まっていく。しかしそうしているうちに、はじめて作品に出会ったときの驚きや上思議が、消えているのではないかという上安。驚きを保ちながら翻訳するというのは可能なのか。マーガレット・マーヒー作『ヒーローのふたつの世界』を翻訳された時や、自伝(『青春の終わった日──ひとつの自伝』)を書かれた時の経験からお話しくださいました。

 「映画をみながら思ったのは、ひとつの表現を、出来るだけ生のまま伝えたい。けれども、生のままでは伝わらないことも、一方ではあるでしょう。荒削りの部分があって、あまり整理されていない記憶のなかにひきずりこまれて、こちらもまた右往左往してしまった。それは、いい悪いの問題じゃなくて、人が人の記憶のなかに入っていくことは難しいし、その通路をつくるにはどうしたらいいのか、私にはまだ答えがありません。
 期待していたのは、ユリ子さんが子どものとき、どういう世界をみていたのか。当時の人間関係のなかで、どういうことを感じていたのか。それが語られなかったのか、整理されて割愛されているのかわかりません。一観客としては、そこがみたかった。」

 続いて、清水さんと黒川創とのトークイベントに入りました。

黒川▼観客が映画の中の状況を把握できるだけの段取りが、ある程度は必要だろうというのは、試写会をやったあと、僕が監督に言ったことでもあります。映画にせよ小説にせよ、最少のシークエンスでひと通りのことが語れる、というところが、とりあえず、ひとつの作品のあり方として、推敲の終点であるとは言えると思う。こうしたほうが無駄がはぶけるというものが、経験的、技術的にもある。しかし、手慣れた技術だけでやるとプロットだけになる。想像力への呼びかけ──井戸の呼び水みたいなものが必要ですね。最少のシークエンスでどう語れるか──それは作り手の側の一方的な技巧的語り口に陥ることなく、観客の側の心当たりへの呼びかけも含むものとして、作品が成り立つための一つの目処だと思う。人工衛星でも、遠心力と引力のちょうどのバランスで、落下せずに飛びつづけているわけですが、そういう感じが、最少のコマ数というものと近いのではないか。
 この映画の最後近くのシーンで、十勝川の河岸のジャングルみたいなところに車で行きます。それは、ユリ子さんの子どものころ、渡船の桟橋があった場所を探していたんですが、すでにその一帯は深い草木に覆われてしまっている。そのシーンに、アイヌの歌が重なって聞こえはじめる。僕はそこに感動した。漠然とした方向だけがあって、そこに声が聞こえる。伝統、自由、あるいは素人の一人ひとりにある表現って、そういうことではないかと思ったんです。

清水▼映画を観て、もう一つ思ったことは、すごくリアルだということ。一つの物語にしたら、手がはいってしまう。人の記憶もあいまいだろう。ユリ子さんの話のなかでおもしろかったのは、アイヌの慣習が、かつてと同じように保たれているわけではないことを語っていたところ。だんだん変化しているんだなと思いました。

 この映画は、よくこれだけ整理されるのを拒否した、と思った。それは意図的なんですか?

黒川▼監督に代わって言うことはできないですが、それはおそらく意図的というか、監督の体質というか、これ以外にできなかったし、そのことをはっきり出したかったんだと思いますね。

 では、映画をみていてイライラしたところは?

清水▼つかめないところです。生々しくて。私が、いかに整理されたものをみることになれてしまっていたか、と思いました。一方で、本来の人間の暮らしってそういうものだなと思ったのも事実。

討論の時間

 SUREのイベントにお越し下さると、司会者からかならずマイクをむけられ、コメントを求められる、作家の山田稔さん。今回もとくに抵抗せず、お話しくださいました。

山田稔さん▼ああいう映画をはじめてみました。未完成というか。当惑した。自分のなかで印象としてうまくまとめられない。
 清水さんの話で、この映画の見方がずっとひろがってきた。開けたという気がしました。映画だけみて帰ったら、おそらく僕は混乱して、なんだろうというふうに印象に残ったと思います。
 ここで、「徳山村シリーズ」三部作をSUREから出されている大牧冨士夫さんから、私への質問があり、今日の映画をどう思ったかと聞かれました。

瀧口▼アイヌ民族は、差別に打ち勝って、民族の誇りにめざめた、と紹介されることが多いけれども、私は、誇りに目覚めたあとの、普通に暮らす現代のアイヌはどうしているのか、ということを考えたいと思っています。だから、街子さんがこの映画の編集を終えて、見せてもらったときに、今の時代のふつうのおばさんのなかで、アイヌというのはどのような形となってあるのかが現れているなと思ったので、私は上映会をやってもいいかなと思いました。

ついに監督登場!

 「いろいろと批評も出ていますが、監督! 申し開きなり、本当はこういうつもりだったとか、釈明して下さい」と、司会からの乱暴な指示があり、監督がみなさんの前に。

北沢監督▼誤解されるかもしれないんですが、私はあんまり、アイヌをテーマにしたくなかったんです。清水さんが言われたように、ユリ子さんが子ども時代にどういう世界をもっていたかというのを、私もやりたかった。ただ、私の実力ではやりきれなくて、割愛した部分が多いのですが、ユリ子さんの話を聞いていて、アイヌというよりは、子ども時代にみている世界はそれぞれ違うけれども、社会的意味を持つ前の世界はそれぞれにある、というか。他の人の子どものころの話と、ユリ子さんの子ども時代の話は、同じというか。そういうところがやりたい。
 ユリ子さんを撮らせてもらったのは、偶然知り合うことができて、作品にしようとしてつきあっていたのではなくて、長くつきあって、普通に一緒にいたから撮れた映像だと思っています。撮りに行ったわけじゃない。だから、自然に写っているんじゃないかと思って、私は……すごく好きなんです。

(会場笑い)

北沢監督▼あー、いいなあと思って、何回も観ます。

(会場笑い)

北沢監督▼もっとやりたいです。

(会場笑い)

北沢監督▼母娘の関係というのに興味があって、その辺にもちょっと、集中したいと思ったんですけど、そういう感じが出なかったのかもしれない。もうちょっとやれたらと思うんですけど。観ていただく方に、ある程度は説明しないと伝わらないところもあるし、上映させていただくと、そういう問題点が見えてくる。ここで観ていると、一人で観ているのと全然違って……。

(会場笑い)

清水さん▼一人で、いいなあと思って観ているというのが、いいなあと思います。私も、母と娘のことを観たいと思うのですが、そのときに、全部リアルに書くことでかえって伝わらないことや、ウソを書くことでもっと伝わることがある。そういう意味で、ウソを入れるということは考えませんか?

北沢監督▼あ、出来たらやりたいと思います。そういう意味で素人っぽかったのかなとも思います。ウソがだめだとは思っていないので、できるだけわかりやすくできる方法があれば、やってみたい。

会場から質問

──最初のほうはテロップで説明が入っていましたが、あとのほうはなかった。あれは、意図的に入れなかったんですか?

黒川▼僕が解釈すれば、あらゆることは意図したものじゃないんですかね?

北沢監督▼わかりやすいというのは、説明でわかるのではなく、観てわかるというのが理想で、テロップは入れたくなかったんです。冒頭で方向が出せれば、あとは説明したくなかった。だから入っていないんですが、わかりにくかったのかなと思いました。

清水さん▼わくわくどきどきは、時々支離滅裂になるかもしれないけれども、それはとても大事ですね。以前、スミソニアン博物館に行ったときに、アフリカ系アメリカ人の展示室があったんです。その展示は、とてもよく調べられていて、工夫もある。けれども、私はそれをみながら、『ミス・ジェーン・ピットマン』というアメリカの小説ばかり思い出していました。それはフィクションなんですが、学者達がこれだけ調べて展示したものよりも、たった一人のことを書いたこの小説のほうが、ずっとアフリカ系アメリカ人の歴史がよくわかると思いました。展示を見て、これを隔靴掻痒というのかと思ったことがあるんです。
 だから、私は、わくわくどきどきを絶対消してはいけないと思うんです。最初はうんと混乱した状態かもしれないけれども、それなしには伝わらない。情報とか事実の羅列というのは、物語なしには、本当は伝わらないんじゃないかと思います。そういう意味では、めげずにやってほしいと思います。めちゃくちゃだったと思いますが、それはそれでよかったと思います。

黒川▼本人はめちゃくちゃだと思っていないんです(笑)。

清水さん▼本人は感動しているのね(笑)。それを忘れずにやってほしいです。

黒川▼鶴見俊輔さんが最近のご本のなかで、impassioned(思い入れがある)という言葉を使っている。impassionedな作家が、いま、あまりいないね、というふうに。僕がその言葉の意味をとりなおすと、「肩入れがある」、「感情移入がある」という感じかと思うんです。その問題のなかに自分自身が立っているのか、ということですね。アイヌでも日本人でも朝鮮人でも、日常の問題の中に立って、そのときどきの間違いにもコミットしながら生きている。そこで共通の議論を作っていけると思う。そういう考え方を大事にするということじゃないでしょうか。今日の監督の言い方でいうと、普通の日常の中で人が生きている、そこのリアリティーに目を向けたい、そういう話かなと思いましたが。


 ほかに、会場から、対象の中への発見がない、という意見や、自分と立場の違う人に共感するまでにいたるには、かなりの時間が必要なのではないか、という意見などが出されました。

 この日、映画を上映したことで、ものを伝えることの難しさについて、来場者からもさまざまな意見が出され、会場は、批評しあう場になっていました。今後のSUREのイベントも、このようにみんなが話し合える場所になっていったらいいなと思いました。

 それから、映画というのは上映前に完成しているのが普通だと思いがちですが、監督が、上映会を終えてなお、この映画の再編集に意欲を持っていることに驚きました。テーマが私自身と母親のことですから、私は自分に近すぎてあまり客観的になれませんが、自分が納得いくまで一つの作品に関わり続ける監督の作品を、これから私もなんどか観ることでしょう。新バージョン、あるいは新作の上映会を催すさいには、またぜひいらして下さい。作ること、伝えることについて、考え、話してみませんか?

(レポート・タキグチ)

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